ベアリング(超雑談)
僕の親父は富山のある会社のサラリーマンでした。親父の転勤のおかげで富山⇒兵庫⇒富山市内を転々と転居を繰り返したため、僕には地元ってところがありませんし、幼馴染もいません。
仕事の話は家庭では一切しない「モーレツ世代」でしたので、いったい会社でどんな生活をしていたのかわかりませんが、その会社で「ベアリング」というものを作っていることだけ僕は知っていました。
ある物体と物体とが関連して動くときに間に入り、物体と物体の抵抗を減らし、スムーズに円滑に両方とも動いて能力を発揮するための道具、それがベアリングだそうです。
普段の我々の人生には全くかかわりないのですが、たとえば新幹線の車軸と車輪がスムースに動くのはベアリングというものがあるためで、あれだけ高速回転をしても壊れずに動くそうです。
語らない親父でしたが、愛社精神は僕らにもひしひしと感じられ、きっと自分の仕事に誇りをもっていたんだろうなあと思っています。
物理的に我々生き物も「物質」であるかぎり、すべての行動には「抵抗(Resistance)」が伴います。
意識することはないですが、息を吸ったりはいたりするのも抵抗が存在しますし、見えない重力(抵抗力)に抗して立ったり歩いたり運動をしています。
そこにはうまく抵抗を減らす仕組みが我々には備わっており、それが崩れると、喘息や肺疾患の人は呼吸をしづらくなるし、筋疾患の人は歩けなくなったりする。生物って、うまくできているなあと感心するところがあります。
人対人にも、もちろん「抵抗」がありますよね。特に初対面だとギクシャクしてお互いの良さを見せられない。こういった抵抗に対するベアリングの役割を果たすのが「言葉のコミュニケーション=挨拶」だと思うんです。
とくに、思春期を迎えた自分のこどもと全く会話が成り立たなくなる時期があります。父親なんかは、娘と何をしゃべればいいのかわからなくなります。そんなときでも、「行ってきます」や「ただいま」「おかえり」などの挨拶ならば、簡単にできます。そして、それをきっかけに会話がスタートしたりもできます。やや倦怠期の夫婦関係にも当てはまります(笑)。「挨拶は人間関係のベアリング」だと覚えておくと、意外と抵抗が減って変なストレスも減るコツです。
たった数文字の発音をするだけでも、何かを変えるきっかけになりますから、やはり子供たちにも「挨拶のできる人間」になってほしいと思います。
応用編としては、挨拶のあとに、「お疲れ様」「大変だったね」「どうだった?」「よかったね!」など、相手を慮る(おもんばかる)言葉を足してあげるとさらに良好な人間関係を作れると思います。
これ、頭でわかっていても、なかなか実践できないものです。どうしても「自分の方が大変」と思う気持ちが先立つからです。でも、そういうときほどさらに相手を労う気持ちが、ベアリングになったりするものです。
人生の貴重な時間を過ごす職場も家庭も学校も、せっかくならば楽しい方がよいわけで。そのための挨拶ってすごく大事だと思います。